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30年の歳月を越えて。マッドリバー「エクスプローラー16ft」が教えてくれた、道具と人生の豊かさ

アウトドア

カヌー「エクスプローラー」との出会い

ガジェットでもアウトドアギアでも、本当に良いモノというのは、それ自体が「景色」を変えてしまう力を持っています。

私にとってその象徴だったのが、マッドリバー(Mad River Canoe)の名作、エクスプローラー16ftでした。

このカヌーと出会ったのは、今から30年以上も前のことです。

当時、20代だった私は神奈川県の厚木で働いていました。

お昼休みに銀行へ向かう道すがら、ふと目に留まったのが、小さなアウトドアショップの店頭に置かれた「赤いカナディアンカヌー」だったのです。

その赤は、単なる色以上の情熱を放っていました。

何度も何度も足を運んでは、その美しい造形を眺める日々。

意を決して扉を開けると、そこにはプロレスラーのような体格をした、いかつくも優しい店長さんがいらっしゃいました。

「免許はいるのか?」「一人で乗れるのか?」 そんな初心者の初歩的な質問にも、店長さんは一つひとつ丁寧に答えてくれたのを覚えています。

そして誘われたのが、相模川での試乗会でした。

初めて水の上に浮かんだ時の感覚は、今でも鮮明に思い出せます。

とにかく、水面が近いのです。

普段、陸の上から見ている景色とは全く違う、水の揺らぎと一体になるような不思議な感覚。

「これは面白い」 その瞬間、私の人生に新しい風が吹き込んだのを感じました。

「キャンプか、カヌーか」という究極の選択

試乗会でその魅力に取り憑かれたものの、すぐに購入できるほどカヌーは安い買い物ではありません。

それでも諦めきれず、何度も試乗会に足を運んでは、アメリカ製のマッドリバーのカタログを穴が開くほど眺めていました。

実は、当時のカタログはまだ保管してあります。

そして、狙いを定めた「エクスプローラー16ft」は右上に掲載されています。

当時のカタログは、今の豪華なパンフレットとは違い、ペラペラのチラシのような紙で作られた簡素なものでした。

しかし、そのチープな紙から漂う「本場アメリカのアウトドア文化」の香りに、私は強く惹かれたのです。

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自分ならどのモデルを選ぶか、どの川を下るか。

そんな想像を膨らませる時間は、何物にも代えがたい至福のひと時でした。

そんな日々が1年ほど続いた頃、妻から一つの提案がありました。

「カヌーとキャンプ、どっちもというわけにはいかないから、どちらか一方を選んでみたら?」

当時、キャンプにも興味を持ち始めていた私は悩みましたが、結論は決まっていました。

「キャンプに行って何もすることがないより、カヌーに乗ってもっと漕ぎたいと思う方がいい」 そうして、ついに我が家にエクスプローラー16ftがやってきたのです。

当時の愛車はツードアのクーペ。

今思えば無茶な話ですが、専用のキャリアも持っていなかったので、カヌーの縁にスポンジのようなものを噛ませ、車の上に直接載せて前後をロープで縛るというスタイルで旅を始めました。

初漕ぎは箱根の芦ノ湖。

友人たちを招いて、ささやかな進水式を行いました。

あの日、湖面を滑り出した瞬間の高揚感は、私の人生の大切な1ページになっています。

家族の記憶を刻んだ「エクスプローラー」のスペック

ここで、少しだけマッドリバー「エクスプローラー16ft」というモデルについて、ガジェット愛好家の視点から触れておきたいと思います。

このカヌーを語る上で欠かせないのが「ロイヤレックス(Royalex)」という素材です。

ロイヤレックスは、ABS樹脂やフォーム材を何層にも重ねた複合素材で、とにかく軽量でありながら驚異的な耐衝撃性を誇ります。

岩にぶつかっても少し凹むだけで割れにくいその性質は、多くのカヌーイストから絶大な信頼を得ていました。

エクスプローラー16ftの最大の特徴は、その「汎用性の高さ」にあります。

底の形状がV字型のボトム形状(シャローV)は、直進性と安定性のバランスが絶妙で、湖での静水から、多少の瀬がある川下りまで、これ一台でこなせる万能機でした。

「カヌー界のメルセデス」とは言い過ぎかもしれませんが、コントロールしやすいその乗り心地は、まさに重厚かつ軽快。

家族を乗せてもびくともしない安定感があり、子供たちがまだ小さかった頃の我が家にとって、これ以上ない「冒険の船」でした。

福島県の猪苗代湖、富士五湖の西湖や本栖湖、そして地元の相模川。

どこへ行くにもエクスプローラーと一緒でした。

カヌーを通じて多くの友人ができ、いつの間にか「キャンプかカヌーか」という選択肢を飛び越えて、我が家は「カヌーを積んでキャンプへ行く」というどっぷりとしたアウトドア家族になっていきました。

道具が人生のスタイルを決め、家族の絆を深めてくれたのです。

九州への旅と、流れる時間の変化

神奈川での仕事を辞め、故郷の九州へ帰ることになった際も、当然この相棒を連れて帰りました。

5メートル弱のカヌーを引っ越し業者に頼むのは難しかったため、車に積んで自力で帰ることにしたのです。

いつの間にか車も、カヌーやキャンプ道具を積み込むために四輪駆動車へと乗り換えていました。

下道を通り、観光を楽しみ、友人宅に泊まりながら、四国を渡って九州へ。

エクスプローラーと一緒に移動したあの長い時間は、今では懐かしい思い出です。

九州に帰ってからも、北山ダムや筑後川、そして憧れの四万十川でのキャンプツーリングなど、エクスプローラーは変わらず活躍してくれました。

しかし、時間は残酷なほど速く流れます。

子供たちが成長し、それぞれの生活が始まると、家族全員でカヌーを出す機会は自然と減っていきました。

駐車場に置かれたカヌー。

それでも、大晦日には必ずシートを剥がし、手入れをして点検をする。

それが私なりの、30年共に歩んだ相棒への礼儀でした。

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しかし、ある時、ロイヤレックスのボディに異変を見つけました。

ガンネル(縁)の近くに15センチほどのひびが入っていたのです。

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よく見ると、他にも2本のひび。

どんなに頑丈なロイヤレックスであっても、30年という歳月による劣化には抗えなかったのでしょう。

「もう、この船で川へ出ることはできないんだな」 そう悟った瞬間、寂しさと共に、ある決意が固まりました。

次の場所へ。アンティークとしての第二の人生

「乗れないからといって、ただ捨ててしまうのは忍びない」 全長5メートル近くもあるカヌーを廃棄するのは大変ですが、それ以上に、私の30年の記憶が詰まったこの美しい造形を、何らかの形で残したいという思いが勝りました。

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そこで思いついたのが、メルカリへの出品でした。

「実用はできないけれど、ディスプレイやアンティークとして活用してほしい」 そう願い、同じ県内の方であれば格安で運びます、という条件で出品したのです。

すると、驚くことにわずか2日後には引き取り手が決まりました。

指定された場所へエクスプローラーを運ぶ道中、車の上に載ったその姿を眺めながら、「これで見納めなんだな」と胸が熱くなりました。

待っていたのは、とても感じの良い好青年でした。

彼はこれからアンティークショップをオープンさせる準備をしており、その象徴となるようなカヌーを探していたのだそうです。

案内された場所は、シャッターのついた屋内でした。

30年間、ずっと屋外でシートを被って耐えてきたエクスプローラーにとって、これ以上ない「隠居先」ではないでしょうか。

これからは、荒波を越える道具としてではなく、誰かの新しい挑戦を見守るインテリアとして、その美しい姿を残していく。

それは、道具にとっても、私にとっても、最高に幸せなエンディングでした。

最後に。道具が教えてくれたこと

マッドリバーのエクスプローラー16ftを手放した今、私の手元にあの大きな船はありません。

しかし、あの日相模川で見た水面の近さや、猪苗代湖で家族と見た夕焼け、四万十川の静寂といった記憶は、今も鮮明に心の中に残っています。

良いガジェットやギアは、買った時がピークではありません。

それを使って、誰と、どこへ行き、どんな景色を見たか。 その「記憶の集積」こそが、その道具の本当の価値なのだと、30年という月日が教えてくれました。

もし、あなたにも「いつか使おう」と眠らせている大切な道具があるなら、一度引っ張り出してみてください。

そして、もしその役割が終わっているのなら、次の誰かにその記憶を繋ぐことを考えてみてください。

モノには魂が宿ると言いますが、それはきっと、私たちが注いだ愛情の形そのものなのだと思います。

ありがとう、エクスプローラー。

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君と過ごした30年は、私の人生を何倍も豊かにしてくれました。

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